津地方裁判所 昭和26年(行)5号 判決
原告 小菅作四郎
被告 三重県農地委員会
一、主 文
被告が昭和二十六年七月十四日なした二六県農委裁第三三九号の裁決はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十年一月二日訴外佐野米蔵から同人所有の三重県河芸郡粟真村大字小川千五百四十三番地宅地七十坪及び同地上の建物三棟(建坪合計十五坪六合)(以下単に本件土地建物と略称する)を期間を無期限と定めて賃借し、爾来原告の住居並びに原告の専従する農業用施設として使用してきたところ、同二十二年自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第十五条第一項により原告は訴外粟真村農業委員会(当時は同村農地委員会下村農委と略称する)に対して前叙土地建物を政府に於て買収すべき旨の申請をなし、同村農委は審議の結果原告の右申請を相当と認め、同二十四年二月十五日前叙土地建物につき買収計画を樹て所定の買収手続を経たる上、該土地建物を原告に売渡す旨の売渡計画を樹て訴外三重県知事は被告の前身たる三重県農地委員会(以下便宜これをも被告と略称する)の承認したる右売渡計画に基き売渡期日を同年七月二日、対価を合計金二千三百八十八円、支払方法を一時払と定めた売渡通知書を原告に交付したので原告は自創法第二十一条により右売渡時期である同年七月二日を以て前叙土地建物の所有権を取得した。なお原告は同年八月十七日右代価全部を支払つた。
ところで右土地建物の所有者であつた佐野米蔵は粟真村農委に対し原告の前叙買収申請及び同村農委の買収及び売渡計画を不服として異議を申立てたが棄却せられたので更に同二十四年三月被告に対し右同趣旨の訴願を提出したが被告は同年六月三日「訴願人は昭和二十年より訴願対象物件である宅地及び建物を原告に賃貸しており右は自創法第十五条に該当する農業用施設と認められるから村農委の決定は至当である」として右訴願を棄却する裁決をなし同月二十一日これを同訴外人に送付したが同人は右裁決に対して法定の出訴期間内に出訴しなかつたため右裁決は右法定出訴期間の経過によつて同年七月二十二日に確定した筈である。
然るに佐野米蔵は其の後農地委員が改選せられたのを奇貨として種々暗躍し被告に対し前叙裁決の再審議の申請をなし被告は同二十五年十月三十一日右申請を許容して再議に付した結果「賃借人たる原告には修繕すれば使用し得る自己の住家があること、訴願人には買収対象物件を近く使用する必要あること、同二十二年二月頃訴願人が増築した建物と原告が売渡を受けた納屋が棟続きであること等の事実を認定し、該事実は自創法第十五条第二項第二又は第三号に該当するからいずれの点からみても原告が同法第十五条の規定による買収申請をするが如きはこれ全く法の本旨とするところでない」との理由で同二十六年七月十四日付を以て昭和二十四年六月三日に被告がなした前叙の裁決を取消す旨の裁決をした。
しかしながら右裁決は左の如き事由によつて違法であるから取消されるべきである。即ち
一、佐野米蔵が被告のなした昭和二十四年六月三日付の訴願棄却の裁決の取消を求めるには自創法第四十七条の二により遅くとも右裁決の日より二ケ月以内に出訴しなければならないのに同人はこれをなさなかつたから既に右裁決は確定しもはやこれを取消すことはできない筈である。然るにその後一年四ケ月も経てから被告が唯一片の再審決定によつてこれを取消すが如き事は絶対に許されないところでありこれを無視してなした被告の昭和二十六年七月十四日の裁決は違法である。
二、被告は右裁決に於て
(1) 原告が佐野米蔵から本件土地建物を賃借するについては当時出征中の同人の長男が帰還するまでとの条件が付されていたと認定しているがかゝる認定は全く事実を無視した重大なる事実誤認である。
(2) 原告は実兄より譲り受けた修繕可能の建物を所有しているとしているが右建物は原告が譲受けたものでなく原告の長女が贈与を受けたものであり、且つ右建物は納屋で修繕不可能な程度に朽廃しておりこれを住宅に改造するには新築すると同程度の費用がかかるから原告にはその資力がない。又仮りに住宅に改造できても右建物は農業用施設として不可欠のものであるから原告の農業経営上の面よりしても右建物を住宅に改造することは不可能である。
(3) 被告は佐野米蔵が昭和二十二年二月頃本件建物に接続して鶏舎を増築した事実を以て自創法第十五条第二項第三号に該当するとしているが同人が増築したのは自創法施行後自創法による買収を潜脱せんがためのものであるから右条項には該当しない。
(4) 被告は又佐野米蔵が近く本件建物を使用する必要があることを認めているが同人が前叙再審申請で述べているが如きものでは未だ自創法第十五条第二項第二号に該当する事由ありとすることはできない。仮にそうでないとしても右事由は本件建物の売渡確定後に生じたものであるから右法条適用の余地がない。
以上の理由によつて被告のなした昭和二十六年七月十四日附の裁決はいずれの点よりしても違法であるから取消さるべきものである。よつて原告はこれが取消を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、原告の主張に反する被告の主張事実をすべて否認し、被告の再審議が農地調整法第十五条ノ二十八によつたものであるとしても法定期間一ケ月を経過しており違法であると述べた。
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告主張事実中訴外粟真村農委が原告主張の如きその申請を容れ昭和二十四年二月十五日本件土地建物につき自創法第十五条に則り買収計画をたて更にこれを原告に売渡す計画をたて、被告に於て右両計画を承認し訴外三重県知事が同年七月二日買収令書を発行し且つ原告主張の如き売渡通知書を原告に交付し、原告は同年八月十七日その対価を支払つたこと、右物件の所有者訴外佐野米蔵が同二十四年二月二十四日右買収及売渡計画に対し異議申立をなしたが粟真村農委に於てこれを棄却したこと、右訴外人は更に同年三月三日被告に対し訴願を提起したが被告に於て同年六月三日原告主張の如き理由によつて右訴願を棄却する旨の裁決をなし同月二十一日該裁決書謄本を同訴外人に送達したが右裁決に対し同訴外人より法定期間内に訴の提起がなかつたこと、其の後同訴外人より被告に再審議の申請があり被告は右申請を容れ再審議の結果同二十六年七月十四日付を以て原告主張の如き理由により「昭和二十四年六月三日附前叙の裁決を取消す」旨の裁決をなしたことは認めるがその余はすべて否認する。本件宅地は賃貸しておらず賃貸借の目的でないから自創法第十五条によつては買収することのできないものであり、従つてその地上の本件建物のみを買収することも不相当であるといわなければならない。しかも再審議の結果本件建物三棟はいずれも元鶏舎であつたのをそれぞれ住居、炊事場、便所及び物置に改造し所有者佐野米蔵が昭和二十年五月原告に右佐野の長男が戦地フイリツピンから帰還するまでと期限を定めて賃貸したものであるし佐野米蔵に於て自ら使用することを相当とする事情にあること、原告には実兄より贈与された家屋があり、これを修繕すれば住居に使用し得ること、佐野米蔵が昭和二十二年二月頃増築した建物と本件建物とが棟続きであるため買収不適当な状態にあることが認められたので前叙の買収及び売渡処分、これに対する異議訴願棄却の決定或いは裁決はいずれも自創法第十五条第二項第二号第三号により違法であるとして被告は前叙訴願棄却の裁決を取消したのである。
叙上の如く本件宅地建物は法律上買収し得ないものであるからこれに対する買収並びに売渡計画をたてること、これに対する異議訴願棄却の決定又は裁決をすること、買収令書並びに売渡通知書を発行すること等一連の処分はすべて法律上当然無効である。而してこれらの処分が法律上当然無効である以上、判決によつて初めて無効となるものでなくかゝる処分は全くなかつたと同様何人もこれに拘束されることなく私人も国家機関もそれぞれ独立の見解を以てその無効を判断することができるのである。従つて被告が曩になした佐野米蔵の訴願を棄却した裁決も当然無効のものであるから仮令買収令書発行、売渡通知書の発行、対価支払等の行為があつたとしても被告がその後においてこれを取消す旨の裁決をしても何ら差支えなく被告のなした本件裁決は何ら違法でない。なお被告が曩になした訴願棄却の裁決を取消したのは農調法第十五条ノ二十八によつたもので同条の期間は訓示規定であるから期間後になされた右裁決は有効である。又被告は叙上訴願棄却の裁決をなすに当り後日違法又は著しく失当なることが判明した場合には取消すことあるべしとの方針で裁決したものであるから後日被告において該裁決を違法なりと認めて取消したことは違法でない。よつて原告の請求は理由がないと述べた。
三、理 由
原告が訴外佐野米蔵所有の本件宅地建物につき自創法第十五条による買収の申請を訴外粟真村農委になし同村農委は審議の結果右申請を相当と認め昭和二十四年二月十五日これにつき買収計画をたて所定の買収手続を経た上更に右物件を原告に売渡すべき旨の売渡計画を樹て被告の承認を経て三重県知事が右売渡計画に基き売渡時期を同年七月二日対価を合計二千三百八十八円、支払方法を一時払と定めた売渡通知書を原告に交付し、原告は同年八月十七日右代価全部を支払つたこと、佐野米蔵が同二十四年二月二十四日右買収及売渡計画に対し粟真村農委に異議申立をなしたが同農委はそれを棄却したこと、同人は更に同年三月三日被告に訴願を提起したが被告に於ても同年六月三日「訴願人は昭和二十年より訴願対象物件である宅地及び建物を原告に賃貸しており右は自創法第十五条の農業用施設と認められるから村農委の決定は至当である」として右訴願を棄却する旨の裁決をなし同月二十一日に右裁決書謄本を佐野に送達したこと、右訴願棄却の裁決に対し法定期間内に佐野より訴の提起がなかつたこと、昭和二十五年に至つて佐野が被告に再議の申請をなし、被告はこれを許容して同年十月三十日再議に付し同二十六年七月十四日「昭和二十四年六月三日の被告のなした裁決を取消す」旨の裁決をしたことは当事者間に争がない。
果して右の如くであれば被告が昭和二十四年六月三日なした訴願棄却の裁決は出訴期間の満了と共に確定したものといわなければならない。被告は本件宅地は原告に賃貸されておらず本件建物も亦買収を不適当とする事情があるからいずれも自創法第十五条によつては買収し得ないものであり法律上買収し得ない物件に対する買収計画は法律上当然無効である。従つて右計画の有効を前提とする訴願棄却の裁決も亦法律上当然無効であつて、法律上当然無効な裁決に対してはたといその裁決が確定していても当該裁決機関に於て取消すことは何等違法でないと主張するが被告の主張するが如く本件宅地について原告と佐野との間に賃貸借契約がなかつたということ及び本件建物について被告主張の如く本件建物三棟はいずれも元鶏舎であつたのをそれぞれ住居、炊事場、便所並びに物置に改造し所有者佐野米蔵が昭和二十年五月原告に右佐野の長男が戦地フイリツピンから帰還するまでと期限を定めて賃貸したものであるし佐野米蔵に於て自ら使用するを相当とする事情あること、原告には実兄より贈与された家屋がありこれを修繕すれば住居に使用し得ること、佐野米蔵が昭和二十二年二月頃増築した建物と本件建物が棟続きで買収不適当な状態にあること等の事情があるということが直にこれが買収より売渡に至る一連の処分及びこれに対する異議訴願棄却処分を当然に無効のものとするとは考えられない。なぜならば行政処分が当然無効であるといえるのはその処分に重大の瑕疵があり且つその瑕疵が明白な場合であると解すべきところ、宅地についての賃貸借契約の有無及び建物についての被告主張の如き事情の有無の如きは一応法律の定める行政手続に従い権限ある行政機関の認定に俟つて初めて決せられるものであるが最初村農委は原告が本件宅地を占有使用しているのは佐野から右宅地について賃借権を与えられているからであり、建物についても亦賃借権を有し両者いずれも原告のため農業用施設として買収し、これを原告に売渡すのが至当であり、且つ自創法第十五条第二項各号に該当しないものと認定した上右宅地建物につき買収及び売渡計画を樹てたのである。しかして被告も亦かゝる事実を認めたればこそ右買収及び売渡計画に対し承認を与えたのである。しかもその後佐野より被告主張の如き事情ありとして村農委に異議の申立をなしたのは村農委は依然として前の認定を妥当として右異議申立を棄却する旨の決定をなし被告においても右異議申立棄却の決定に対する佐野よりの訴願の裁決にあたり調査の結果以前の認定を是として訴願棄却の裁決をしたのである。かかる事情と原告の宅地使用が賃借権に基ずくものなるや、はた使用貸借地上権に基ずくものなるや或いはしからずして本件建物の敷地として建物の賃借権の反射的効力の及ぶためなるやの認定がすこぶる困難なる点等を考えるとたとい村農委及び被告等のなした右認定に瑕疵があつたとしてもその瑕疵が必ずしも重大且つ明白のものとはいえない。従つて被告が昭和二十四年六月三日になした訴願棄却の裁決はこれに被告主張の如き瑕疵があるとしても直に法律上当然無効であると断ずるわけにはいかないのであつて寧ろそれは違法な瑕疵ある行政行為として取消し得るにすぎないと解するのが妥当である。然らば右裁決は前叙の如く既に確定しているのであるからたとい右裁決に違法な点があつてももはや当該裁決機関に於ては自由にその取消又は変更することは許されないものといわねばならない。従つて既に確定した裁決を取消した被告の本件裁決は違法であり取消されるべきものである。
被告は農地調整法第十五条ノ二十八に則つて佐野米蔵の再議申請を許容し昭和二十四年の裁決を再議に付しその結果右裁決を取消したのであるから本裁決は適法であると主張するが、仮りにそうだとしても被告が再議に付したのは同法所定の期間経過後であり同法所定の期間は迅速に農地改革を行い耕作者の地位の安定と農業生産力の維持増進を図らんとする同法の趣旨よりして訓示期間と解すべきでなく効力期間であると解するのが相当であるから右期間後の再議は違法であり、従つて再議の結果被告のなした本裁決の違法であることも亦明らかであり被告の主張は理由がない。なお被告は曩の訴願棄却の裁決に当つて後日右裁決が違法又は著しく失当なりと認めたときはこれを取消すことあるべしとの方針で裁決したのだから、後日被告において右訴願棄却の裁決に違法ありと認めて該裁決を取消したのは妥当だと主張するが、かような方針を当事者に表明したことにつき何等の立証もなく、たといさような方針を当事者に明示していたとしても訴願に対しその主張の如き不確実な裁決をなすことは許されないものと解せざるを得ない。
果して然らば原告の本件裁決の取消を求める本訴請求は他の判断を俟つまでもなく正当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 木戸和喜男 平谷新五 家村繁治)